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 忍者の里を訪ねて

 

佐野邦彦

 

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甲賀と伊賀といえば忍術の二大流派として長年の宿敵であり、事あれば互いを抹殺すべく血で血を洗う、決して相容れない一党であったというイメージがある。

 

しかし史実は違い、甲賀と伊賀は協力関係にあり、徳川=豊臣の代理戦争で争った時期もあったが、徳川幕府時代は伊賀も甲賀も同心として徳川300年の権勢を守る力となったのである。

 

だが山田風太郎の「甲賀忍法帖」、横山光輝「伊賀の影丸」での壮絶な両派の戦いは、今も我々の血をたぎらせる。

 

私は東京より向かう電車の中で「甲賀忍法帖」を読み、ラストシーンに涙しながらここ甲賀へたどりついた。

 

 

 

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※写真(左より):池田筑後守、渋沢平九郎、陸奥亮子、末広ヒロ子

実は今から150年ほど前の話だったのである。江戸時代の終わりは1868年。ちなみに私の祖母が生まれたのは1899年だったので、もうそれからほんの少し前、江戸時代はすぐそこにあったのだ。しかし江戸時代は移動のほとんどが徒歩、電気がないから夜は電球の1/60の明るさしかない行燈だけ、今考えると不便極まり感じを受ける。侍がえばりちらし、それ以外の庶民は抑圧され続けた暗黒の時代だったのか?265も平和が続いた歴史上稀有なこの江戸時代、庶民はけっこう楽しく陽気に暮らしていたようだ。侍も武士よりも役人として、まじめに仕事をしていた。まずはこれらの写真を見てほしい。男性は幕末に撮られたもので、中には新撰組の彰義隊の一員で討ち死にした渋沢平九郎、若き外国奉行でちょっとやさぐれた感じの池田筑後守長発もいる。今や女性の人気ナンバー1、新撰組の鬼の副長土方歳三、幕末の兵学者で思想家の佐久間象山もいる。ついで女性陣。こちらは時代もあって江戸時代に撮影されたものはほとんどなく、明治に入ってからのものだがどれも美女揃い。決して浮世絵のような顔立ちの男女ではなく、今、そこにいても不思議はない人たちだったのだ。このことを知ると江戸時代はさらに身近になる。写真がないからあの下手くそにしか見えない肖像画を見て、自分たちとは縁もゆかりもない世界の人間に見えていたのだ。まずはこれらの人たちを見て、実は身近な江戸時代を感じてほしい。では面白そうなエピソードをかいつまんで紹介する。(佐野邦彦) (参考:「週刊江戸」(デアゴスティーニ))
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ギアナ高地。こうやってパソコンに文字を入力するだけで胸が躍ってしまう、私の終生、憧れの地、ギアナ高地。地球最後の秘境である。ギアナ高地は、南米ベネズエラ、ブラジルを中心に6各国にまたがる日本の1.5倍も広い高地帯なのだが、ベネズエラのカナイマ国立公園を中核とするテーブルマウンテンが林立する地域、いやテーブルマウンテンそのものを「ギアナ高地」と指すと言っていいだろう。



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