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2018年5月30日水曜日

追悼 西城秀樹



去る2018516日に1970年代一世を風靡したビッグ・スター西城秀樹さん(以下、ヒデキ)が急性心不全で亡くなった。その報道は「NHKニュース」や「報道ステーション」でもトップ扱いで、また号外が発行されるなど、ビッグ・ニュースとして日本中を駆け巡り、あらためて彼の存在の大きさが立証されている。なお彼は私と同年齢の63歳だった。



 実は私がこのWeb.VANDAへの投稿要請を受けたのには少なからず彼と縁がある。というのも、VANDA30に寄稿した70年代アイドルのライヴ>はヒデキさんのパフォーマンスに触発されてまとめたものだ。それは彼が75年のツアーで歌うMy Eyes Adored You(邦題:瞳の面影)」に衝撃を受けたことがきっかけだった。この曲を取り上げた彼の選曲センスに興味を持ち、生前の佐野さんに話したところ、「鈴木さんしかできないテーマだから、絶対にやってみるべき!」と興味を持ってくれたので、勢い任せで始めたコラムだった


現在Web.VANDAでは「佐野邦彦氏との回想録」を投稿しているが、これを済ませた後にはこのコラム完全なものに再構築してまとめる準備をしています。そこで今回はその予告とヒデキさんの追悼を兼ねて、彼が残したライヴ・アルバムを簡単に振り返ってみたいと思います。

ちなみに彼は1972年<恋する季節>でデビューし、同年に『ワイルドな17歳』でアルバム・デビュー、そして翌年には初ライヴ・アルバム『西城秀樹オン・ステージ』を発表している。以後、1985年までほぼ毎年(1982年除く)トータル15作のライヴ・アルバムをリリースしている。このコラムはその中で、1970年代にリリースした(ミュージカル除)10作について検証をしている。


今回はこの10作の中で、長年愛聴している1975『ヒデキ・オン・ツアー』、1978年『バレンタインコンサート・スペシャル/西條秀樹愛を歌う』、1979BIG GAME’79 HIDEKI』の3作を紹介する。なお曲の後の()内はオリジナル・タイトルと、オリジナル(とカヴァー)・アーティストと発表年になっている。


『ヒデキ・オン・ツアー』(1975.9.25.) <JRX-8017-18
①オープニング、②ブロー・アップ・マン、③愛を求めて、④恋の暴走、⑤Get Dancing(ディスコ・テック&セックス・オー・レターズ1974)、⑥瞳の面影(My Eyes Adored You)(フランキー・ヴァリ:1976)⑦港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド:1975)、⑧激しい恋⑨ケニーのバンプ(The Bump)(ケニー:1975)、⑩青春に賭けよう、⑪情熱の嵐、⑫ダイアナ(ポール・アンカ:1959)、⑬Blue Suede Shoes(カール・パーキンス:1961)、⑭朝日のあたる家(The House of The Rising Sun)(ボブ・ディラン:1962/アニマルズ:1965/フリジド・ピンク:1971/ジョーディー:1973)、⑮S.O.S.(エアロスミス:1974)、⑯Heartbreaker(グランド・ファンク・レイルロード:1971)、⑰この愛のときめき、⑱傷だらけのローラ(フランス語)、⑲この愛の終るとき(Comme Si Je Devais Mourir Demain)(ジョニー・アリディ:1972)、⑳明日への愛〜グッド・バイ・ガールズ

1975年に敢行されたヒデキ初の全国縦断コンサートを収録。演奏はふじ丸バンド(後のShogun)とザ・ダーツ、編曲は惣領泰則が担当している。
ハイライトは、吉野藤丸とのデュエットで歌い上げる②だ。個人的見解だがこの曲は⑤とソングライターが共通(注1)というところからのチョイスかもしれない。
さらにファンをステージに上げダンス大会⑨、続くヒデキのライヴ定番⑩(注2)
ではそのステージ上のファンと会場内の大合唱で一体感が伝わってくる。そしてジョーディーに触発されたとおぼしき⑮、ほとばしるエネルギーが発散するエアロスミスの初期ナンバー⑮のチョイスはいかにも彼らしい。
ちなみにこのライヴは『BLOW UP! HIDEKI~ヒデキ・オン・ツアー』としてテレビ放映され、後にビデオも発売されている。


『バレンタインコンサート・スペシャル/西條秀樹愛を歌う』(1978.6.25.<RVL-2053-4>
①オーバーチュア、②マイ・ファニー・バレンタイン(1937/ジュディー・ガーランド:1939/フランク・シナトラ:1945/チェット・ベイカー:1954)、③夜のストレンジャー(フランク・シナトラ:1966/ベット・ミドラー:1973)、④カタログ、⑤ロマンス(ナレーション)、⑥ラストシーン、⑦この愛のときめき⑧ナタリー(Umberto Balsamo1975)、⑨愛は限りなく(Dio Come Ti Amo)(ドメニコ・モドゥーニョとジリオラ・チンクエッティ;1965⑩ユー・キープ・ミー・ハンギン・オン(ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス:1967/ヴァニラ・ファッジ:1968)、⑪心のラヴ・ソング(Silly Love Song)(ポール・マッカートニー&ザ・ウィングス:1976)、⑫ヘイ・ジュテーム(Mon Cinema(アダモ:1969) ⑬ブーツをぬいで朝食を、⑭青春に賭けよう、⑮君よ抱かれて熱くなれ、⑯傷だらけのローラ、⑰セイル・アウェイ(ランディ・ニューマン:1971)、⑱若き獅子たち、⑲お休み(井上陽水:1973

1978214日「新日本フィルハーモニー」初共演の日比谷公会堂でのライヴ。夏の野外コンサートから一転し、オーケストラをバックに渋めのレパートリーで固められているところに注目したい。
それを象徴するのがシナトラのスタンダードをべッド・ミドラ風(注3)にアレンジした③、フルオーケストラでよりに洗練されたナンバーに仕上げている。またシュープリームスのテイクをベースにした⑩は、もしこの年にロッド・スチュワートが発表する新作(注4)収録のカヴァーを聴いていたとしたら、彼がどのように仕上げたのか気になるところだ。また⑰のような渋いチョイスにも好感が持てる。
こんな贅沢なライヴの中でファンとの一体感を強く感じさせてくれるのは、やはりファンの大合唱が始まる⑭だろう。補足ながら、この曲は後にアカペラでも録音されるヒデキのお気に入りで、彼のライヴには欠く事の出来ないナンバーだ。


BIG GAME’79 HIDEKI』(1979.10.9.)<RVL-2077-8
①オープニング、②ウィー・ウィル・ロック・ユー(クイーン:1976)、③ラヴィング・ユー・ベイビー(I Was Made for Lovin' You)(キッス:1978)、④オネスティ(ビリー・ジョエル:1976)、⑤ホット・スタッフ(ドナ・サマー:1978)、⑥いとしのエリー(サザンオールスターズ:1978)、⑦ブルースカイブルー、⑧ドント・ストップ・ミー・ナウ(クイーン:1976)、⑨エピタフ(キング・クリムゾン:1971)、⑩シェイク・ユア・ハンド(I Wanna Shake Your Hand)(ヴィレッジ・ピープル:1979)、⑪ゴー・ウエスト(ヴィレッジ・ピープル:1978)、⑫愛する君に(I'll Supply The Love)(トト:1979)、⑬勇気があれば、⑭ホップ・ステップ・ジャンプ、⑮この愛の終る時(Comme si je devais mourir demain)(ジョニー・アルディ:1972)、⑯ヤングマン(Y.M.C.A.)、⑰セイリング

⑯が空前の大ヒット直後1979824日に開催された後楽園球場コンサート。当日は1971年に開催された暴風雨のGFRコンサート再現のような悪天候で、収録不能でスタジオ録音と差し替え(⑦⑬)もあるほどだった。
ここではヴィレッジ・ピープルの曲が3曲もチョイスされ、⑪は人形劇「飛べ!孫悟空」(注5)の挿入歌でなければ、シングルにしても良いほどの出来ばえだ。ディスコ・ヒット③⑤はありがちな選曲だが、最新曲⑫のチョイスは流行に敏感な彼らしい選曲だ。
さらにここでの最大の聴きどころは雷鳴が効果的なSEとなって響き渡る中で歌うプログレの名曲⑨(注6)。そこにはヒデキらしい情念に満ちた幻想的な世界が感じられる。


 以後1985年までコンスタントに充実したライヴ・アルバムを発表しているが残念ながら、その膨大なリリース数のゆえ、コンプリートのCD化が遅れている。なおこの中で完璧な形でCD化されているのは、BIG GAME’79 HIDEKI』(1990RCA CD名盤選書/BVCK-380245>)のみで、その他には1999年に発売された6枚組 CDボックスとして、デビューから1985年までにリリースされたライヴ・アルバムのセレクション集があるにすぎない。
 今回の逝去により、ヒデキ関連のアイテムにオーダーが舞い込んでいるようだが、ライヴ・アルバムについては相変わらず置き去りにされたままだ。近年は野口五郎、岩崎宏美や桜田淳子など1970年代アイドルのライヴ・アルバムがオリジナルな形での復刻が進んでいる。この機会にヒデキのリアルな姿を体感できるライヴ・アルバムのコンプリートな形での復刻を願って止まない。

(注1)フォーシーズンズのプロデューサー、ボブ・クリューと1977年の全米1位「I Like Dreamin’」のヒットを持つケニー・ノーラン作。
(注2)例えるなら、沢田研二「気になるお前」、山下達郎「Let's Dance Baby」、角松敏生「Take Me To The Sky High」、Perfume「ジェニーはご機嫌ななめ」的なナンバー
(注31976年にベット・ドラーがサード・アルバム『ベット・ミドラー3Songs for the New Depression)』に収録したディスコ・ヴァージョン。
(注4)1978年のソロ第8作『明日へのキック・オフ(Foot Loose And Fancy Free)』。
(注5)197779年に放送されたテレビ人形劇。声優はザ・ドリフターズで、主題歌「スーパーモンキー孫悟空」はピンク・レディーが歌っていた。
(注6)Radio VANDA第117回(2010.1.7.)「洋楽カヴァー特集」にてオンエア。
201853016

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