2015年12月29日火曜日

病院から自宅へ戻っても下半身麻痺なのでベッド上のまま。手の届く範囲に、Blu-rayレコーダー、テレビ、CD録音機能付レコードプレイヤー、ラックなど必要なものを揃え準備をした

病院から自宅へ戻るにあたって、ベッド上から動けない現実は変わらない。ベッドから手が届く範囲にあるものだけが「使えるもの」。帰っても八方ふさがりの状況、でも諦めたら終わりと、手の届く範囲で出来るよう準備を始めた。音楽は元々パソコンのHDでみな管理している。大好きなテレビは、新たにブルーレイレコーダー(CSも移した)と20インチTVを買ってオーバーテーブルの横にセット、机の真ん中はもちろんパソコンだ。食事はパソコンの上にトレイを置いて食べる。問題はレコードだ。車椅子に乗れるようになったにしてもレコードのある部屋に入れないし、そしてその際にプレイヤーからパソコンに落としていたがその機械も使えない。そこで最近宣伝していたティアックのCD録音機能付きのレコードプレイヤーも注文し、それ用のキャスターも買った。さっそく一昨日、まだ何故かレコードからパソコンに落としていなかったビーチ・ボーイズの『Fourth Of July』をこの機械で再生録音し、HPの紹介に使ったばかり。あとは旧自分の部屋(前述のレコードのある部屋の事。約3年前の発病時にゲーム用部屋として明け渡し済み)にある膨大なCDは、2年前の一時退院時に妻に手伝ってもらって、Blu-rayDVDも一緒に、ハードケースからほぼすべて外して市販のソフトケースに入れ替え体積を1/3にしていた。そのかわり「背表紙」がなくなったので、手帳に図面を作り、妻に「壁側上3左4ブロック」にあるなどと言って探してもらうようにしていた。箱入りのものは本棚のこれまた膨大なコミックの前や横に置いているのだが、都度変わっていたため写真を撮ってもらってそのノート図面に書き込んでいく。レコード盤、シングル盤の順はだいたい頭に入っているので、録音していないものは、この機械でこれからパソコンに移して行こう。やる事ができたな。LDのお気に入りはDVDに焼いておいてよかった。そしてベッド横にはそのノートやiPodBlu-ray-R,CD-R、筆記用具や最低限の本を置くキャスター付きラックも設置。退院して3日でみな届いて家族の手を借りてセッティングできたが、こんなヘロヘロな状態で退院したのにここまで揃えるとは自分でも半ば呆れるが、モチベーションを保つためには必要。本の方は頭の中に頼るしかなく、将来の課題だ。多すぎるし。でもどのCDも、どのレコードも、どの本も、ほぼあらゆるものは頼んで持ってきてもらわないといけない。前のように自由に探すことなどまったく不可能。でも出来る範囲でやらないと。新年5日から8日まで抗がん剤で入院だが、退院後の連休明けからは、医療保険を使って14日間連続の集中訪問リハビリをしてもらう。これでどこまでスライダーを使って車椅子への移乗、さらに念願のポータブルトイレへの移乗が出来るか、楽しみでもある。妻に毎日オムツ交換してもらっている状況は少しでも軽減させてあげたい。尿の管も抜ければ...。その後は訪問リハ週3回ペース。他に週1回のドクターの訪問診療、加えて訪問入浴もお願いする。最低でも週5回は介護と医療のお世話を受け、3月からは妻の介護休業が明けても一人でいられるように準備を重ねないといけない。職場の復職は、その後の話。もう無給の病気休業なので、社会保険料の自己負担分を会社に払いながら在籍しているだけだ。障害年金は3級の最低額だったが、障害の程度がはるかに増進したので、昨日新しい診断書と共に年金事務所に「額改定請求」を提出してもらった。障害年金3級から2級に上がると金額面等はかなり違う。(1割負担の医療費と介護費に、ようやく月額が足りる程度)ただ届いた診断書に「回復の見込み無し」に丸が付いているのを見るのは複雑...。その他の住宅ローンとか生命保険とか「高度障害」に該当しないかチャレンジ準備中。今の病気がまた治まってくれるのが全ての前提で、不安の中で暮らしても仕方がないので、「何も考えない」術を学んだ。知識は諸刃の刃、まかせるところはまかせ、決断だけは委ねないということでやっていくしかない。どちらにしても家族が最重要。今、その有難味を痛感している。紹介できないものはない体制を作ったので、Web VANDAをよろしくお願いいたします。(佐野邦彦)





2015年12月28日月曜日

☆Beach Boys:『Ben Franklin Parkway Art Museum, Philadelphia, July 4th, 1985』(Download Only)

Doxyからのamazonのみmp3販売のラストがこのアルバム。この1985年の建国記念日ライブのゲストの目玉はなんといってもジミー・ペイジだ。こちらは収録曲が19曲と多く、その一部であるが肝心なジミーのギター・プレイはYou Tubeで見られる。全面的にギター・ソロを弾いているのは「Lucille」。この曲はもうジミー・ペイジの迫力満点のギター・プレイを楽しむためのものでビーチ・ボーイズはほぼ関係ないが。そして「Barbara Ann」でも促されて間奏のギターの一部を弾いている。そのままジミー・ペイジに弾かせればいいのに、すぐにクソつまらない2音サックスに変わってしまうのはマイクの仕業か?他のゲストは「Come Go With Me」のバック・コーラスをオーク・リッジ・ボーイズ、「Good Vibrations」のリード・ヴォーカルはクリストファー・クロス、「Barbara Ann」にはジョーン・ジェットもギターで参加している。このライブのいい所はギターをラウドに、ザックリとプレイしているので、最も迫力ある仕上がりになっている。あの「Surfin' Safari」からしてヘヴィなギターでスタート、そのままメドレーでなんとブライアン作のジャン&ディーンのNo.1ヒット「Surf City」へ移りこれも迫力のあるカバーで、そのまま「Surfin' USA」へなだれ込む。ラストの「Fun Fun Fun」は演奏の迫力と的確なハーモニーでこの曲のベストのライブではないか。選曲ではこの時の最新ヒットの「Getcha Back」を披露、ほぼ完璧な仕上がりだったこと、カールはお気に入りの「Rockin' All Over The World」をまた歌っていたことが他の注目点か。この中から「Barbara Ann」と「Come Go With Me」は前述の1986年のライブ・アルバム『Fourth Of July』(Love Foundation)に収録されており、音質は比較にならないほどいいので、この盤もちゃんとしたマスターから出せるはずだ。惜しい。(佐野邦彦)
Ben Franklin Parkway Art Museum, Philadelphia, July 4th, 1985 (Doxy Collection, Remastered, Live on Fm Broadcasting) [feat. Jimmy Page]

2015年12月27日日曜日

☆Pen Friend Club: 『Season Of The Pen Friend Club』(Penpal/PPRD0001)

ペン・フレンド・クラブ待望の3枚目のアルバム『Season Of The Pen Friend Club』が2016120日に発売される。2014年から年1枚という順調なリリースだ。多くのポップス・ファン、ソフト・ロック・ファンを唸らしたペン・フレンド・クラブ。オリジナルはもちろんいいのだが、今回も多くのコアなファンを満足させるカバーを入れてくれた。1枚目で言えばブルース・ジョンストンの隠れた名曲、ブルース&テリーの「Don't Run Away」で、2枚目ではボブ・クルーのプロデュースで、クルー&サンディ・リンツアー&ダニー・ランデル作というフォー・シーズンズ・ファン感涙のラグ・ドールスの「Dusty」だった訳だが、今回は、私が一押ししているテディ・ランダッツォ作・プロデュースのロイヤレッツの「Poor Boy」になる。もちろんそれ以外のカバーセンスも素晴らしいのだが、今回はこれできたか!と私のようなマニアを喜ばせてくれた。さて、それではアルバムの内容を紹介しよう。
オリジナル曲の作曲はリーダーの平川雄一である。冒頭の「街のアンサンブル」はこのアルバムの中の一番お気に入りンナンバー、1曲目にもってきただけある。爽やかでキャッチーで曲の展開も流麗、バックの鈴やグロッケンの音が華やかさを醸し出しているし、間奏のギターが音色もフレーズも良くここもポイントだ。「What A Summer」は英語で歌われるオリジナルのソフトロック・ナンバー。この曲もグロッケンやカスタネット、パーカッションなど、曲の展開も含め丁寧に作られていている。エンディングはまさにソフト・ロックのパターンだ。そしていよいよ「Poor Boy」。ロイヤレッツのカバーと書かれているが、それはある意味正確ではない。ソフト・ロック・ファンにとっての「神」であるテディ・ランダッツォのワークスと言うべきだ。1965年から1967年にかけてのテディ・ランダッツォが書いた曲はテディが作曲、そしてプロデュースを行い、めくるめく転調、弓を引っ張って引っ張って一気に解き放つようなドラマティックなプロデュースがあまりに素晴らしく、ポップスの頂点を極めたミュージシャンの一人だった。そのテディの1965年のワークスだが、テディ・ランダッツォのようなメリハリを付けたドラマティックなプロデュースではなく、あくまでもリード・ヴォーカルの爽やかさを生かす華やかでスムーズなプロデュースにしている。続く「Long Way To Be Happy」はご存じフィル・スペクターがプロデュースしたダーレン・ラブの快作。毎回、フィル・スペクターのプロデュース曲のロネッツの曲をカバーしてきたが、今回は最もソウルフルなダーレン・ラブ。オーバー・プロデュース気味のスペクターのエコーではなく、バックの細かいハーモニーまで聴こえるナチュラルなプロデュースを行っていた。オリジナルの「Where Did You Go」はギターのリフから始まるロック・ナンバーで、カウンターの男性ヴォーカルのとのからみがいい。「土曜日の恋人」は誰もが知っている山下達郎のカバー。しかしこの完成度の極めて高いナンバーのカバーにトライしようとしたミュージシャンは知っている限りなく、それにトライしただけでも画期的なのに、見事に成功している。この曲はあえてアレンジを同じにして、女性ヴォーカルが歌うとこうなるという見本を聴かせてくれた。私自身、数ある山下達郎のナンバーの中でもベスト2(もう1曲は「愛を描いて」)に入れる名曲中の名曲、最も好きな曲だけにこれは嬉しいカバーだ。なおこの曲のイントロはゲイリー・ルイス&ザ・プレイボーイズのアルバム・ナンバーの「We'll Work It Out」で、スナッフ・ギャレット&レオン・ラッセルの浮き浮きする華やかなサウンド作りも継承している。「Summertime Girl」は1枚目でも取り上げたトレードウィンズのカバー。ソルト・ウォ-ター・タフィーのアレンジ...ではなく、ここはトレードウィンズのアレンジでのカバーだが、オリジナルはRed Bird時代の曲でサウンドが薄かったため、ここではエコーたっぷりにまるで山下達郎の『Big Wave』でカバーしたかのような充実したアレンジで、オリジナルより聴かせてくれる。「Before My Summer Ends」は英語詞のオリジナルで、バラードかと思いきやアップテンポに展開するポップ・ナンバー。そのあとはまた私の大好きな曲のカバー「By The Time I Get To Phoenix」だ。ジミー・ウェッブ作のこの曲はグレン・キャンベルが歌ってグラミー賞を獲得し、スタンドードになった名曲中の名曲。この曲は邦題に「恋はフェニックス」というとんでもないタイトルが付いたので、「恋は不死鳥」なんて思っている人が多いようだが、歌詞を読んでみると、恋人を置いて別れた男が、フェニックス、アルバカーキ、オクラホマへと帰っていくストーリーだ。実に味わい深い歌詞、そこに素晴らしいグレン・キャンベルの歌声で心にしみわたる名曲になった。ちなみにジミー・ウェッブの出身地はオクラホマで、グレン・キャンベルが音楽活動を始めたのがアルバカーキ。この曲はさすがに原曲の雰囲気を壊すとぶち壊しになるので、オリジナルにかなりそったアレンジで歌われる。ジミー・ウェッブはデビュー初期に才能を使い果たした感もあるほどこのデビュー期のワークスは凄かった。前作では同コンビの名曲「Wichita Lineman」をカバーしており、やっぱりやってくれたなというところ。最後はオリジナルの「His Silhouette」。一瞬ライブかと思うような拍手がインサートされたア・カペラから始まり、ミディアム・テンポに変わって、穏やかで優しいメロディのクロージングナンバーになる。この曲も英語詞。これだけオリジナル、カバーともに充実した日本のポップ・グループは他にはない。オススメである。(VANDA/佐野邦彦)


 

☆Beach Boys:『Washington Monument, Washington, July 4th, 1984』(Download Only)

amazonDoxyからmp3販売の第3弾。建国記念日のライブとしては前述の1981年の次になるわけだが、この1984年と翌年のゲストが超豪華。丸ごとYou Tubeで映像も見られるので是非そちらも合わせて見ていただきたい。イベントなのでビーチ・ボーイズはメイン・アクトであるがその他バッキングの参加ミュージシャンも多く、演奏もコーラスも十分に厚みがあり、今までのものよりランク上。1曲目の「California Girls」から歌と演奏は十分だ。ステージには、ランディの治療で見間違えるほど細くなったブライアンがキーボードを弾いていて、他はカール、アル、ブルース、マイクの5人。デニスは残念ながら前年に事故で他界している。「Surfer Girl」のサビの超甘いヴォーカルはフリオ・イグレスアスだ。そして「Back In The USSR」では遂に本家本元のリンゴ・スターが歌とドラムを担当し、観客の興奮は頂点に達していた。収録された曲は10曲で、カールが気合の入ったジョン・フォガティのロック・ナンバー「Rockin' All Over The World」を歌い、アルがHollywood Flames50年代のヒット「Buzz Buzz Buzz」をカバーしているが、レコード化はされていない。「Back In The USSR」以降の「Good Vibrations」「Help Me Rhonda」「Fun Fun Fun」までの3曲も引き続きリンゴがドラムを叩いていることにも注目だ。ライブとしては完璧な出来なので音質が惜しい。この中から「Back In The USSR」と「Surfer Girl」は前述の1986年のライブ・アルバム『Fourth Of July』(Love Foundation)に収録されており、レコードの音質は比較にならないほどいいので、ちゃんとしたマスターから出してもらいたいものだ。(佐野邦彦)
Washington Monument, Washington, July 4th, 1984 (Doxy Collection, Remastered, Live on Fm Broadcasting)

2015年12月26日土曜日

☆Beach Boys:『The Mall, Washington, July 4th, 1981』(Download Only)

日本のamazonDoxy Collectionよりmp3販売されたビーチ・ボーイズのライブ・アルバム第2弾。これは25曲ともっとも曲数が多く値段も1000円のままだが、音質はブートレグそのもののレベル。ただしミキシングがちゃんとしているので、前に紹介した1971年のFillmore Eastよりずっと聴きやすい。この時期はロック志向の強いカールがソロ・アルバムを出して自らもソロ・ライブを行っていたため、なんとカールがツアー参加していない。メンバーはブライアン、デニス、マイク、アルの4人だ。鬼のマイクはなんとヘロヘロのブライアンに、カールが歌う曲をフルで歌わせたりしているので、歴史的?には非常に興味深かった。今のブライアン・バンドのように高音のサポートがないので気の毒だが...。あのヒップなビーチ・ボーイズを目指していた昨日紹介の1971年のライブから10年経ち、その間1974年の昔のベスト盤『Endless Summer』のメガヒット、このブレイクを受けて隠遁状態のブライアンをユージン・ランディの力で引っ張り出し、「Brian's Back」の強烈なキャンペーンとタイアップした『15 Big Ones』のヒット、そして久々にアルバム全体をブライアンが作曲・プロデュースした『Love You』は、内容はいいのにヒットせず、ブライアンはまた隠遁生活に逆戻り。その後のにっちもさっちもいかない時期のライブが本盤だ。先のブライアンがほぼフルでリード・ヴォーカルをとった曲では「Surfer Girl」があるが一番目立つ主旋律なのに音程が微妙に外れている、これは大丈夫かと危惧したが、後に2曲連続で「God Only Knows」と「Don't Worry Baby」のソロが登場。ブライアンは必死に高音で歌い「God Only Knows」は成功したが、さすがに「Don't Worry Baby」は音程的に厳しく3番なんて声が出ていない。最後の方の「Good Vibrations」なんてブライアンは相当メロディを崩していて、その後を受けるのはいつもライブで音程不安定なマイクなのだから、まあひどいグズグスな仕上がりだった。マイクはこの頃にはが観客に歌わせるパフォーマンスを行っていて、この出来の中、ちゃんと観客がレスポンスで協力してくれていたので有難い思いがした。「Catch A Wave」の冒頭のア・カペラをまったくハモれなかったりとか、問題は多いが、マイク主導と思われる「Surfin' / Surfin' Safar」「409 / Shut Down」「Little Old Lady from Pasadena / Little Deuce Coupe」などの古い曲を多くチョイス、特に「Long Tall Texan」のカバーにはこんなカバーまでやるのかとビックリ。マイクのリード・ヴォーカルの音程はいつも怪しいが、この当時の最新曲の「School Days」「Lady Lynda」はアルがリード・ヴォーカルなので安定度は抜群だ。アルの存在はいつも救いだな。この時から「Back In The USSR」をマイクがカバーで歌うが、これはマイクの思入れがあってのこと、しばらく毎年この曲のカバーが続く。(佐野邦彦)
The Mall, Washington, July 4th, 1981 (Doxy Collection, Remastered, Live on Fm Broadcasting)

2015年12月25日金曜日

☆Beach Boys:『Fillmore East, New York, June 27th, 1971』(Download Only)

日本のamazonDoxy Collectionよりmp3販売された4枚のビーチ・ボーイズのライブ・アルバムがある。値段は1000円と安いが、音質は既にリリースされたブートレグそのもののレベルであり、若干怪しげだが、順に紹介しよう。1967年のモンタレー・ポップ・フェティバルの不参加により、前年には最先端を行っていたビーチ・ボーイズはジミ・ヘンドリックスに「サーフ・ミュージックが終わった」と揶揄され、『Smile』の失敗と重なって一気に時代遅れのバンドというレッテルを貼られてしまった。その後内容のいいアルバムを作ってもヒットせずブライアンは隠遁する。その中この1971年にリリースされた『Surf's Up』は久々に全米29位と好成績だった。ライブではホーン・セクションを導入し、厚みを増したパワフルなライブはまた人気となっていた。その中、グレイトフル・デッドなど数多くの大物ロック・バンドのライブが行われた事で知られたフィルモア・イーストでのライブは、お客もマンハッタンで最もヒップな人達が集まっていただろう。その観客の期待を裏切らない出来なのが冒頭の「Heroes And Villains」で、ホーンを大きくフィーチャ―した主旋律部分、ブレイクの時のア・カペラと切り替えが見事。「Do It Again」も良さそうなのだがリード・ヴォーカルがよく聴こえない。その点「Cottonfields」はアルのヴォーカルが力強く、コーラスのバランスと合わせてベストの1曲。変えよう」という意欲は次の「Help Me Rhonda」からも強く感じられ、あのリフを使わずコードで演奏、非常にパワフルにチェンジした。いい出来だ。「Wouldn't It Be Nice」はミキシングもあるがホーンが強すぎ、サビのリード・ヴォーカルがよく聴こえず、ハーモニーが少々雑だ。次は非常に珍しいブルース・ジョンストンのピアノ弾き語りのエルトン・ジョンのカバーの「Your Song」だ。「Disney Girls」「Tears In The Morning」「Deirdre」と超名曲を次々生んでいたブルースは自信満々で、後半のバンドが加わっても目一杯のヴォーカルでこの曲を歌い上げていた。この頃、ビーチ・ボーイズをリアル・タイムで追いかけていた自分にとってメンバーで一番の期待の星はブルース・ジョンストンであり、当時はブライアン以上だった。ただ翌年にはイクイノックスのプロジェクトのためにグループをしばらく去ってしまうのだが...。その後はマイクが何とかグループをヒップな存在にしたいと仕組んだ「Student Demonstration Time」で、元はご存じ「Riot In Cell Block No. 9」、まあ底が浅いのでさして盛り上がっていない。「Good Vibrations」はリード・ヴォーカルが小さいのが難だが、盛り上げを狙っていない繊細なカバーでなかなか良い。「California Girls」が出来はいいのは伝わるがいかんせんリード・ヴォーカルがほとんど聴こえない悲しいミックス。次の「I Get Around」もだ。演奏はかなり盛りあがっているのにリード・ヴォーカルがほぼなし。そしてその惜しさの頂点が「It's About Time」だ。このハードなナンバーのライブは最も聴きたいのにこれじゃインスト。この他のダウンロード・アルバムの中でも、本盤が音質は一番いいので惜し過ぎる。でもこのミキシングじゃリリースできなかったはずだ。(佐野邦彦)
Fillmore East, New York, June 27th, 1971 (Doxy Collection, Remastered, Live on Fm Broadcasting)