2011年5月31日火曜日

★北海道花巡りツアー2011

北海道花巡りツアー2011

佐野邦彦






実は私は花好きである。だいたいVANDAという名前自体、ランの名前だ。小学校の頃からランが好きで、自分の小遣いでシプリペジウムを買ったことがあるほどだ。そしてもうひとつ好きだったのは食虫植物。当時は入手が困難だったために世田谷区の花の展覧会に何ども足を運んでいた。さらに高山植物も好きで、厳しい環境で咲く可憐な花を見るために、ブルーガイドの高山植物特集を買っていた。
美しく、蝋細工のようなランの花、植物ながら動物のような能力を手に入れた食虫植物、高山の短い夏に命の結晶の饗宴をする高山植物、どれも巷にある植物とは一線を画していて、子供心にも魅力的だったのだ。

それから40数年。ずっと忙しさにかまけて花に多くの関心を注ぐことがなくなっていた。しかし最近、心に余裕が出てきたのか、花が咲いていると思わず足を止めてしまうことが多くなる。
そんな中、妻が「旅行に行きたい」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。まだまだ貯めたマイルは山ほど残っている。ほとんどの支払いをJALのクレジットカードに切り替えている賜物だ。
妻のこの言葉を聞いたのは4月だったが、北海道の花のピークを調べてみると5月下旬にひとつの山を迎えていることが分かった。特に芝桜。写真を見ると山の斜面全体がピンクに覆われている。これは凄そうだ。その芝桜はオホーツク側の東藻琴、滝上町の2ヶ所で見ることができる。どちらも網走からそう遠くない。
それに滝上へ行く手前の上湧別ではチューリップ公園があり、全て見頃は5月下旬だという。これは行くしかない。

北海道は個人的に5回目で、妻とは4回目だが、前回行ってからはもう14年経っていた。ずっと沖縄の離島だったからな。久々だ。どうせ行くなら、日本の東西南北で唯一、端っこに行っていない納沙布岬にも行きたい。
それで初日は釧路空港、丸1日かけて納沙布へ行き網走まで到達。網走で2泊しながら東藻琴芝桜公園、滝上町芝桜公園、上湧別チューリップ公園の3ヶ所を周りつつ、過去行っていない網走監獄とサロマ湖へも寄ってみよう。帰りは網走近くの女満別から帰ればいい。

行き帰りはもちろんマイルを使ったのでタダ。二人で24000マイルでいいのでこの時期はお得。レンタカーはここ1年、長崎と高千穂の両方の旅行で申し込んだ「九州ツアーランド」が安くて便利だったので、北海道でもないかなと探してみたらあるじゃないの「北海道ツアーランド」。ここはキャンセル料が当日しかかからないし、料金に免責保険料が込みになっているので、安心なのだ。最安のオリックスレンタカーのプランだが、リッターカーサイズの車を2泊3日、釧路空港で借りて女満別空港で乗り捨て、それでたったの14150円である。宿はじゃらんで網走の格安ホテルを予約、あっという間に旅行の準備はできた。夜の食事は「食べログ」で地元の人が愛用する名店、「安くて美味い」食事処いしざわという店をロックオンして場所を打ち出しておく。それ以降は何の準備も他にしないまま、当日となった。

 5月21日(土)

釧路行きの飛行機は朝7時55分発と早いので車で行きたいところだったが、子供が大学の合宿で車を使いたいと言うので、月曜の帰宅便が夜の22時10分なので羽田空港まで迎えにきてもらうという条件で車のキーを渡していた。搭乗のチェックに時間がかかるので朝の5時30分に家を出る。上の子供は就活中でこの日は試験日、行きがけに起して家を出る。親が遊びに行ってすまぬ。メシ代は置いていくからな。
釧路の天気は雨だと機長が行っていたが、着いたら本当に雨だった。飛行機を一歩出ると空気が冷たい!いつも沖縄だったので逆にむわっと暑かったので、新鮮な感じすらしてしまう。オリックスレンタカーで用意してあったのはカローラ。リッターカーより少し大きいので快適である。まずは170キロほど先にある納沙布岬へ出発した。前日良く寝ていなかったのであくびが連発、眠気覚ましに窓を開けるのだが寒い!
北海道の道は気温が表示されているのだが、何だと6度?寒い訳だ。昼食も食べたので納沙布岬に着いたのは午後2時頃だった。
「本土最東端 納沙布岬」と書かれた標識の元へ向かうが人っ子一人居ない。オホーツクの海からの風は身を切るように冷たく、カメラを持つ手がかじかんでしまうほど。6度どころじゃないな、これは。持ってきたのは薄い上着1枚だけで北海道を舐めていた。早々に退散したが、一応他の写真を見て欲しい。





日本最北端は稚内。行ったのは今から24年も前だ。ここはひっきりなしに観光バスが来てみんな写真を撮るので、観光バスと観光バスの間の空きに撮った写真だ。
最南端は波照間島だ。今から11年前の写真で、本当の最南端は沖ノ鳥島だがあんな無人島に行かれる人は海上保安庁か海上自衛隊くらいなので波照間島が最南端と言っていい。ここには3つの石碑が立っているのだが、一番人気があるのが、本土の青年が建てたという最も素朴なこの碑である。
最西端はもちろん与那国島。いまから12年前の写真だ。このチビがもう就活中と大学の合宿中なんだから時間が経つのは早いもんだ。ちなみに最西端の碑は2回訪れたが、2回とも誰も居なかった。波照間島の最南端の碑も2回行ってこちらはそれぞれ人が少しいたが、もともと島へ渡る人が少ないのだからたまたま重なっただけ。
そしてこの最東端の納沙布岬は寒すぎたせいか、人気がイマイチなのか、誰もいなかった。前の2者とは違い「閑散」という言葉がふさわしい。(ちなみに本当の東の端は沖ノ鳥島近くの無人島、南鳥島)目の前にはもっと東に北方領土があるので、最東端という文字はこの碑しかない。近くの土産物屋にも「最東端」と印刷されたものはなかった。事実近くに大きな北方領土返還の資料館が経っていて、ここは立派で観光客も多くいた。この日は曇だったため何も見えなかったが、見えれば悔しいので見られなくて良かったかも。
個人的には、4島一括返還ではロシアは何百年経っても一つも返さないので、ここはプーチンも有効性を確認した日ソ共同宣言の2島返還(色丹島にもロシア人は3600人も住んでいるらしい)をベースにして、中ソでアムール川の国境領土問題を解決した面積半分方式を使い、4島の面積の半分より少ないが国後島まで返してもらった3島で十分だと思っている。領土問題はノルウェーとロシアの領海紛争が長い秘密裏の交渉で一気に解決したように、深く静かに進めていく必要がある。どちらの国の政治家も国民受けを狙って解決策もなく騒ぐばかり。交渉の途中経過を晒したら妨害されるだけだ。ロシアが相手でも解決できたのだから不可能と諦めることはない。

網走までは200キロ以上、到着まで4時間とカーナビには出たが、それは平均時速50キロ計算の話。北海道の道は平均70から80キロで走っているので案の定、3時間を少し切る時間で網走に着いた。さっそく目指す食事処いしざわへ向かう。食べログに書いてあったように、観光客向けの外装にはなっていない。1階のカウンターは一杯だったので我々二人だけ2階の座敷に案内された。注文したのは私がウニイクラ丼、生ものがダメな妻は店の人がオススメのサクラマス定食(肉厚が2cmもある)、これに店の人がオススメのカニ、これは量が多くて食べきれないほどの量が出たが、プラス生ビールをジョッキで2杯でたったの4400円である。安すぎるなー。いい店だ。店のご主人が話好きの方で、妻のことを美人だ、私は美人が好きだと言って、帰りには一緒に写真を撮るという女こころをくすぐる営業に、明日も来ますと約束してしまった。まあもともと2日連続行くつもりでもあったが。ご主人は73歳になるというが、ロケに来た山口智子と手をつないだ写真が飾ってあるし、なかなかのものである。やっぱり男は女好きじゃないとね。JALのCAは美人ばかりだがエアドウはそうでもないとか、本当にお元気だった。じゃ、まあ明日。
 
5月22日(日)

 この日は花の見頃の日曜日、混むことは必須であり、事実、一番人気がありそうな東藻琴芝桜公園ではシャトルバスを出し車の乗り入れの自粛願いをホームページに出すほどだった。そのため東藻琴は月曜に回し、他を今日、回るスケジュールを組んだ。まずは今まで見る時間がなかったサロマ湖へ向かう。海へつながるサロマ湖を見渡せるサロマ湖展望台へ行く山道へ入るが途中から霧が出てきたので行っても何も見えないと確信し、道半ばで引き返した。完全な山道ですれ違いも困難なので、早くに退散した方が身のためだ。
下へ降りると横道に逸れるところに「ピラオロ展望台」とあったのでそこを曲がってみた。漁港を見下ろす高台で絶景ではないが、サロマ湖を見渡すことは出来たので、まあこれでよしとしよう。そして上湧別へ向かう。実は昨日の納沙布で風邪をひき喉が痛い。そのための眠気があるので今日も窓を開けて走る。道の気温の表示は5度。さらに寒いんだ...。
80キロほど走ると道に突如多くの整理員が出ている。ここが上湧別チューリップ公園だ。駐車場に止まる車のナンバーを見ながら進むが「わ」ナンバーがない。他でもそうだったが、こういう花の公園は時期が限られているので観光コースには入らず、そのため地元の北海道の方が遠くから駆けつけているようなのだ。風車を真ん中にした公園は、色とりどりの無数のチューリップに囲まれ実に華やか。道に座り込んで目線をチューリップ近くまで落とすと、まさに田園風景だ。



チューリップにも色々種類があり、小さいけど王冠のような形をしていたり、赤と黄色のツートンだったり、なかなか面白い。風車の裏へ回ると青い花が植えられていて、チューリップとのコントラストがきれい。およそ観光客など来ないただの平地にこんなにたくさんの人が来ていて、町づくりの成功した姿を見ることができた。





そのあとさらに数十キロ、もっと内陸の何もないような場所に、目指す滝上町芝桜公園がある。案内の看板に沿って進むが公園駐車場はかなり急な登り坂の上にあり、駐車場が混んでいて坂の途中で止まったら怖いほどだ。運よく詰まらずに上まで上がると、斜面は一面、ピンクの芝桜で覆われている。こんな風景を見ると車を止める時間すら惜しいほど。広大な斜面を見上げるとピンクの中に白や赤の芝桜が混じっていて、絶妙なアクセントをつけていた。美しくてため息が出てしまう。








いかにも寒そうな場所なので、まだ満開と言えない部分もあるが、8分は咲いていた。左右を芝桜に囲まれた坂道の、はるか先には雪を頂いた大雪山の峰々が眼に飛び込んでくる。90度違う方向にも高い峰々が見えるが、これは知床連山だろうか。この滝上町芝桜公園の目玉は、芝桜と雪山が一緒に見られることだろう。




芝桜の甘い香りに包まれて、幸せな気持ちで帰路についた。

夜は再び網走の食事処いしざわ。今晩はご主人がこれを食べなきゃ来た甲斐がないと太鼓判を押していたキンキ(メンメ)の煮つけ定食を食べる。いい脂が出ていてこれは絶品だ。残った煮つけの汁まで飲みたくなってしまう。そしてこれは運がよくないと食べられないと言っていたキンキの刺身をいただく。これがまた歯ごたえもあるし、上品な甘さがあるし、メチャクチャ美味い!キンキ煮つけ定食2つに刺身を半身、そして生ビールをジョッキ2杯で6600円。これも安いなあ。ご主人にまた来ますと約束し、ホテルへ戻った。夜は連日冷たい雨が続き、本当に寒い。

 


5月23日(月)

朝起きてホテルの窓から外を見ると雪がちらついている。5月23日に雪なんて、本当に驚きだ。さすが北海道!道路の気温は3度だ、やったね!
まずは以前2回ほど通ったのにスルーしていた網走監獄博物館に向かう。基本的に明治時代のものを再現しているのだが、人形を置いて復元しているのでなかなか迫真性がある。まずは現代の網走刑務所の再現した部屋に釘付けになる。そう、花輪和一の「刑務所の中」で描かれていたものと寸分たがわぬ調度品を見て、うれしくなってしまった。


個人房、大部屋、どちらを見ても、やれあの布団のシマシマの模様だ、あの整理棚だ、ちりがみは週40枚支給なのでティッシュペーパーが置いてあるのはおかしい、この部屋の整理の仕方では刑務官に怒られるなど、妻にぶつぶつ呟いてしまったほど。

この「刑務所の中」はマンガフリークの私でもベスト10に必ず入れる愛読書中の愛読書である。実際に銃刀不法所持で懲役3年をくらった作者のドキュメンタリーなのだが、よくある刑務所ものに見られる権力への批判とか、待遇や食事への不満などがこの本にはまったくない。不自由極まりない刑務所・拘置所の生活の中でのささやかな楽しみをつぶさに描いているので、読むと刑務所のメシを食べてみたくなるし、一泊くらいなら体験してみたいような誘惑にかられてしまう。

しかし監獄時代の網走は過酷とかいう言葉を超えた地獄で、明治に北海道横断道路のブルドーザーがわりに酷使され、重労働を強いられながら足には鉄の重しと二人ひと組みの鉄鎖、2500人くらいの囚人が命を落としたという。監獄の中はストーブを炊いても冬は氷点下8度、与えられたのは毛布1枚のみ。外での作業の寝泊りは小屋の中だが、枕代わりの丸太は端を叩けば囚人を一斉にたたき起こせると言うものであった。

さすがに明治の半ば、国会で「一度判決を受けた者が、さらに死刑という処分を下されるのはひどすぎる」と追及され、強制労働はそこで終了している。
写真は監獄時代のものだが今と変わらぬ正座をし続けないといけない「懲罰中」と、花輪が楽しかったと言っていた懲罰で個人房へ入れられた時の封筒を貼る房内作業である。どちらも「刑務所の中」では印象的な部分なので思わず嬉しくなって記念撮影をしてしまった。



網走監獄博物館
こんなに楽しく網走監獄を見られたのも、「刑務所の中」のおかげだ。ゆっくりと回って網走監獄を後にするが、敷地内は桜が満開でとても奇麗。この時期は道路を走ってもそこここに花があり、目が離せない。

網走から80キロほどで東藻琴芝桜公園だ。




ここはやはり規模が大きく、土日用の駐車場は公園よりはるか手前にあり、シャトルバスは15分ほどかけて来場者をピストン輸送していたようだ。今日は月曜なので、直接、公園の駐車場へ止めることができる。狙いどおりだな。東藻琴の芝桜の規模は、滝上町の芝桜の数倍の規模があり、見渡す限りの芝桜の海に圧倒されてしまう。





階段で200段以上ある見上げるほどの高さの斜面が芝桜の絨毯で覆われ、ここへ降り立った人は思わず「これは凄いわー」とつぶやいてしまう。階段で丘の頂上まで上がると階段の途中から分岐している幾筋もの横道を歩く。花の密度が高いので地面が見えず、どこまでもピンクの海が続いていく。





花の香りも強く、甘い花の香りと、柔らかそうな花の絨毯、視界に飛び込むのが全て芝桜のピンク、そしてアクセントの白と赤の芝桜の海で、極上の時間を過ごすことができる。まさに夢の世界が目の前に広がっている。東京からはるか彼方のここまで来てよかった、会社を休んだ甲斐があったなと、今回の北海道花巡りツアーの成功を噛みしめていた。

ただひとつ減点すると、まだ花が満開ではない斜面に白い芝桜で作ったと思われる大きな牛のマークがある。これは価値を落とすなあ...。


ずっと射さなかった陽が射し始め、青空も一部見えてきた。空が快晴だったらもっと綺麗だっただろうが、それは贅沢というものだ。芝桜の色合いは陽に左右されない。ここではたくさん写真を撮ったので、これらの写真をたっぷりとご覧いただきたい。そして5月のこの時期に行くことを是非,おすすめする。

飛行機は20時20分発なので時間がまだあるため、前から興味があるアイヌの資料を見たくてさらに80キロ先にある阿寒湖のアイヌコタンへ足を伸ばした。資料館は期待したほどではなかったが、お店にいるアイヌの女性に「今日は寒いねーこんなの異常だよ」と話しかけられ、寒いと思っていたのは我々だけじゃなかったんだと、ちょっとホッとした。外人のような彫りの深いアイヌの方達だが、その方は宮古島へ行った時に顔が同じだと思ったと言っていたが、まさにそれは私も同感である。日本列島の両端に、彫りの深い顔立ちの縄文人が残り、真ん中の本土には、顔ののっぺりした渡来人系の弥生人が住んでいる。そんな思いが頭を巡っていた。
帰りは羽田空港まで子供に迎えに来てもらったので、こちらはビールを飲みながらという贅沢な旅になった。まあ今まで運転し続けたんだからご褒美か。
例年の昨年8月の石垣島の後、9月に長崎・佐賀、今年1月に高千穂・阿蘇・天草、そして今回5月の北海道と、旅行続きだ。どこも本当に見どころ満載で楽しかったので、ますますマイルを貯め置かないと。次は就職が決まったら子供と一緒に行きたいね、と話しながら、帰路へついた。

























2011年5月19日木曜日

Radio VANDA 第126回放送リスト(2011/6/01)


Radio VANDA は、VANDA で紹介している素敵なポップ・ミュージックを実際にオンエアーするラジオ番組です。

Radio VANDA は、Sky PerfecTV! (スカパー) STAR digio の総合放送400ch.でオンエアーしています。

日時ですが 木曜夜 22:00-23:00 1時間が本放送。
再放送は その後の日曜朝 10:00-11:00 (変更・特番で休止の可能性あり) です。

佐野が DJ をしながら、毎回他では聴けない貴重なレア音源を交えてお届けします。

 

特集:George Harrison Part.2

1.This Song

2.True Love

3.Love Comes To Everyone

4.Your Love Is Forever

5.All Those Years Ago

6.Mystical One

7.Unknown Delight

8.This Is Love

.When We Was Fab(Revers End)

10.Got My Mind Set On You(12 inch Long Version)

11.Any Road

12.Hottest Going In Town

2011年5月2日月曜日

BRIAN ELLIOT:『BRIAN ELLIOT(君と一緒に)』(ヴィヴィッド・サウンド/VSCD-3516)




幻の名盤として99年に一度CDリイシューされた、シンガーソングライターBRIAN ELLIOT(ブライアン・エリオット)の唯一のアルバム(78年)が、SHM(スーパー・ハイ・マテリアル)-CDにて再びリイシューされたので紹介したい。

99年のリイシュー以後廃盤状態が続き入手困難であった本作、幻の名盤という名にふさわしいAORアルバムである。
一般的にはマドンナの86年のヒット曲「Papa Don't Preach」(当時特有のアレンジやサウンドでポップス・クラシックとはいえなくなったが名曲である)の作者として後年名をあげるが、シンガーソングライターとしての魅力はこのアルバムに集約されている。
筆者もアナログ盤時代から聴き込んでいたアルバムだけに、再びのリイシューは極めて嬉しい。


エリオットのプロフィールについては、今回のリイシュー盤解説に詳しいのでそちらを読んで頂きたいが、ワシントン州出身で十代の頃よりミュージシャンとしてボビー・ヴィーのツアー・メンバーなどとして活動していたらしい。その後プロデューサーのエリック・ジェイコブセンと出会い本作が製作された。
VANDA読者ならご存知だと思うが、ジェイコブセンはラヴィン・スプーンフルの『Do You Believe in Magic』(65年)や『Daydream』(66年)を手掛けたことで知られる、東海岸グッドタイム・ミュージックの名プロデューサーである。ジェイコブセンが手掛けたソッピーズ・キャメルのメンバーを通じて、エリオットは彼と知り合ったようだ。
本作はリリース元のワーナー・ブラザーズの本拠地に近いロス録音で、70年代米音楽産業を支えていた西海岸の名立たるミュージシャン達が多く参加しているのも特徴である。クルセイダーズのウィルトン・フェルダー(ベーシスト、元々はテナー・サックス奏者)と74年から正式メンバーとなっていたギタリストのラリー・カールトン、本作レコーディング直後にTOTOを結成するリズム隊のデヴィッド・ハンゲイトとジェフ・ポーカロをはじめ、リー・リトナーやジェイ・グレイドンなど百戦錬磨のギタリストから、70年代モータウン・ビートを担っていたジェームス・ギャドスン等々。因みに曲毎のクレジットはないので、聴きながら名手達のプレイを探っていくのも一つの楽しみ方だろう。

冒頭の「Let's Just Live Together」は、ボズの「Whatcha Gonna Tell Your Man」(『Down Two Then Left』(77年)収録)にも通じる、しなやかな16ビートにストリングスとフィメール・コーラスが絡む軽快なチューン。続く「Summer Nights in Hollywood」は強力なベース・ライン(フェルダーか?)とハネまくるポーカロらしきドラミングに、エリオットによるホンキートンク風ピアノが絡む。シンコペーションが効いたホーン・アレンジやムーディなフィメール・コーラスなどアレンジ的にも完成度が高く、クレジットではアルバム全体のアレンジは名匠ジミー・ハスケル(S&G「Bridge Over Troubled Water」等々)とエリオット自身が担当しており、仄かなニューオリンズ・テイストを持つ他、チャーリー・カレロのそれを彷彿させる東海岸の小粋なジャイヴ感覚もあって聴き飽きない。

 

ソリッドなファンクをベースとしたミッドテンポの「Room to Grow」は、ハンゲイト特有のスラップとダブル・ストップのアクセントが聴けるベースからTOTO組のリズム・セクションだろう。グレイドンらしきハーモニックなギターのサスティーンもやたらと聴けるのだが、この2人の最良のプレイは同時期のキャロル・ベイヤーセイガーの「It's the Falling in Love」(『Too』(78年)収録)でも耳にすることができる。
終盤に収められた東海岸的作風の「Las Vegas Wedding」はポップスとしての完成度が非常に高く、60年代にも活躍したジェイコブセンの影響力をひしひしと感じさせる。ハスケルによるオーケストレーションも金管と木管のポジションがきちんと計算されて素晴らしい。
最後になったがヴォーカリストとしてのエリオットは、テクニカル的に語れるレベルではないが、ニック・デカロやマイケル・フランクスにも通じる所謂"ソングライターズ・ヴォーカル"と呼べばいいだろうか、とぼけた声質が味となっていて悪くない。
マストといえる名盤なので、興味を持ったAOR、シティ・ポップのファンは直ぐに入手すべきだ。
(ウチタカヒデ)