2011年11月9日水曜日

☆Various:『Phil Spector Presents The Philles Album Collection』(Sony Legacy/88697927822)

待望のフィル・スペクターのフィレス・レコード時代のアルバムを集めたボックス・セットがリリースされた。今回の目玉は何と言っても初CD化どころか、初リイシューのクリスタルズのアルバム3枚である。
このボックス・セットは安いのでイギリスのアマゾンで買ったのだが、届くまでは1週間くらいかかるので、その間、レビューを書く参考にと久々にクリスタルズの『Twist Uptown』と『The Crystals Sing The Greatest Hits Volume 1』のLPを聴いたのだが、シングルではないにかかわらず「He's A Rebel」や「Da Doo Ron Ron」の音圧の凄さに驚いた。その重量感と存在感は半端ではない。さすがレコーディングの革命を起こした伝説のプロデューサーだと再確認した。
フィレス時代のリイシューはクリスタルズ3枚、ロネッツ1枚、ボブ.B.ソックス&ザ・ブルージーンズ1枚、フィレス・レコードのベスト盤1枚の6枚。既に何度もCD化されているクリスマス・アルバムは入っていない。さてこの6枚を今、ミント・コンディションで、ロネッツに関しては再プレスがあるので一番最初のプレスで、今買ったとしたらいくらになるのだろうか。Goldmineのプライス・ガイド(2000年)によると、クリスタルズの3枚はそれぞれ600ドル、ロネッツは800ドル(モノで最初のプレス)、ボブ.B.ソックス&ザ・ブルージーンズ500ドル、そしてコンピの『Today's HIts』が400ドルで、6枚でなんと3500ドル!6枚のアルバムでこれだけ高額なボックス・セットは他に存在しないだろう。ではまずクリスタルズ。クリスタルズは1961年にフィレスと契約、最初のシングル「There's No Other」は全米20位にランキングされ、フィレス最初のヒット・シングルになった。次のシングルでバリー・マン作の「Uptown」は13位と成功し、それを受けてリリースされたアルバムが『Twist Uptown』である。バーバラ・アルストンがリード・ヴォーカルを取っている時代の曲で、まだスペクター独特のエコーが登場する前なので、シングル以外の曲は地味な印象だ。3枚目のシングル「He Hit Me」はキャロル・キングの曲でヒットしても不思議のない佳曲だったが歌詞の内容に問題されヒットせずに終わる。スペクターは次のシングルにジーン・ピットニー作の「He's A Rebel」を狙い、レコーディングはロサンゼルスに移し、スペクター伝説の発信基地となるゴールド・スター・スタジオでの録音を決めるが、ニューヨークで活動していたクリスタルズが動けないことに業をにやしたスペクターは、パワフルなヴォーカルでスペクターの抱えるシンガーの中でも最高に歌がうまいブッロサムズのダーレン・ラヴのヴォーカルを使い、ブロッサムズで録音し、クリスタルズ名義でリリースしてしまう。このシングルでスペクターはリズム・セクションを2倍にして録音、ゴールド・スター・スタジオの音響特性と相まって画期的なパワフルなサウンドに変貌し、ダーレン・ラヴの力強いヴォーカルを引き立てた。そして従来のお嬢様っぽいクリスタルズのイメージを一転させ、見事全米1位を獲得する。この大成功に満足したスペクターは次作のバリー・マン作の「He's Sure The Boy I Love」もブロッサムズで録音し、この曲もパワフルで全米11位まで上がった。まあ本家クリスタルズにとってはひどい扱いだが、スペクターは目指す曲作りのためには、グループなどというものは手持ちの駒のひとつとしか思っていなかった。この2曲のヒットを受けてリリースされたのが1962年の『He's A Rebel』である。前作の『Twist Uptown』にダーレン・ラヴの歌うこの2枚のシングルに、3枚目のシングルの「He Hit Me」を入れ、そのかわり「Please Hurt Me」「Gee Whiz,Look At His Eyes」を外しただけというイージーな作りだった。スペクターにとってアルバムはその程度の価値しかなく、全てはシングルだったのである。
ダーレン・ラヴに信頼を置くスペクターは、「He's A Rebel」のレコーディングにも呼んでいたボビー・シーンという女性のような声を出すシンガーを加え、ディズニー映画でおなじみだった「Zip-A Dee-Doo-Dah」をR&Bのヴォーカルで録音、ボブ.B.ソックス&ザ・ブルージーンズの名前でリリースすると1962年12月に全米8位のヒットになる。次作はエリー・グリーンウィッチ作の「Why Do Lovers Break Each Other's Hurt」で38位と小ヒット、そこでリリースしたのが、フィレスの3枚目のアルバム『Zip-A Dee-Doo-Dah』だ。この中では「White Cliffs Of Dover」のカバーが光るが、このR&Bフィーリング溢れる曲が、同じフィレスで後にライチャス・ブラザースのヴォーカルで華麗なバラードに生まれ変わるのである。なお、このボックス・セットのボーナス・ディスク的な存在の『Phil Spector Presents Phil's Flipsides』のシングルB面に納められた歌なしインストは、「Zip-A Dee-Doo-Dah」からで、A面だけをかけて欲しいというスペクターの狙いからだった。(クリスタルズの最初のヒット「There's No Other」はシングルB面だったので、自分の意図に合わないことがないようDJに選ばせないようにした)
さて、クリスタルズだが、ダーレン・ラヴがボブ.B.ソックス&ザ・ブルージーンズとして活動していたので、スペクターは彼女をクリスタルズのリードから外した。しかしパフォーマンスが弱いバーバラ・アルストンもリードから外し、ララ・ブルックスをリード・ヴォーカルに据えて1963年にエリー・グリーンウィッチ作の「Da Doo Ron Ron」をリリースすると全米3位・全英5位と大ヒット、パワフルで厚みのあうバッキングにキャッチーでポップな歌というスペクターの理想は完成に近づきずつあった。そしてこのヒットですぐにリリースされたのが『The Crystals Sing The Greatest Hits Volume 1』だ。それまでのシングル曲に前の2枚のアルバムから2曲、クリスタルズで新しく「Look In My Eyes」を録音した他は、ロネッツが吹き込んだ「Hot Pastrami」「The Wah Watusi」「Mashed Potato Time」「The Twist」の4曲を入れ、全12曲中6曲はクリスタルズではない録音だったがスペクターは意に介さない。ちなみに「The Wah Watusi」だけ歌がヘタだが、それはヴェロニカ・ベネット(ロニー・スペクター)ではなく、ネドラ・タリーがリードを取っているからだ。
続くフィレスのアルバムは初のコンピレーション『Philles Records Presents Today's Hits』である。冒頭のクリスタルズの「Then He Kissed Me」は、今やフィル・スペクターの「Wall Of Sound」のキモとも言えるあの深いエコーが初めて披露された曲で、エリー・グリーンウィッチが書いたこの曲は全米6位・全英2位と大ヒットとなった。ちなみにクリスタルズの選ばれた3曲の1曲はヒット曲ではない「Oh Yeah,Maby Baby」なのは、この曲がA面だったのにB面の「There's No Other」の方がヒットしてしまったため、わざとスペクターが選んだのと思われる。ボブ.B.ソックス&ザ・ブルージーンズではアルバムの後にリリースした「Not Too Young To Get Married」が目玉。これもエリー・グリーンウィッチ作の快調なナンバーだったがヒットには結びつかなかった。ロネッツの「Be My Baby」は後述。ここで注目はダーレン・ラヴの4曲だ。これはフィレスでの彼女の最初の2枚のソロ・シングル2枚を、AB面とも収録していて特別扱いだ。スペクターは彼女を便利屋のように使っていたが、ソロは内容がいいにもかかわらずヒットしなかったため、彼女への贖罪も入っていたのではないか。もう1枚はAlley Catsのシングル。
そしていよいよロネッツである。我々が考えるフィル・スペクターのサウンドとはこのロネッツであり、ロネッツこそ、スペクターが心血注いだ最高の存在だったと言えよう。先の「Then He Kissed Me」で偶然発見したと言われるゴールド・スター・スタジオでの深いエコーを存分に使い、音の厚みを出すため多人数のスタジオ・ミュージシャンの同時演奏によるパートトラックをオーバーダビングしてロネッツのサウンドが作られた。若く美しいヴェロニカ・ベネットにスペクターは夢中になっていた。(後に結婚、その後離婚している)惚れた女へ力を注ぐのはどの世でも同じだ。ブライアン・ウィルソンが同じシングルを5枚買って擦り切れるまで聴いてその音のマジックを調べようとしたエピソードが有名な「Be My Baby」は、1963年にフィレスでのロネッツの最初のシングルとして1963年にリリースされ、直ちに全米2位・全英4位にランクされた。続く「Baby I Love You」は全米24位だったが、内容は素晴らしく、この2曲でカスタネットなどのパーカッションを効果的に入れた深い音像を持つバックトラックと、その「音の壁」をぶち破って登場してくる間奏のストリングス、そして縦横無尽に飛び出すハル・ブレインのドラムという、今でも多くのミュージシャンが真似るスペクターの「Wall Of Sound」が完成している。1964年のアルバム『Presenting The Fabulous Ronettes Featuring Veronica』はあまりに素晴らしい曲で占められ、今では1960年代のポップミュージックのバイブル的なアルバムとなった。1曲ずつ紹介していくとこのアルバムへの賛辞だけでずっと続いてしまうのでこれ以上書かないが、ともかく聴いていただくしかない。ちなみに私の他のお気に入りは先の2曲と「So Young」「How Does It Feel」「Walking In The Rain」であり、このボックス・セットは当然モノラルだが、ステレオ・ミックスが気に入っていることを書き添えておこう。曲はエリー・グリーンウィッチの曲が多く、バリー・マン、アンダース&ポンシアという最高レベルのコンポーザーによって書かれていた。
さて最後はスペクターの「捨て曲」、シングルB面のインスト集『Phil's Flipsides by The Phil Spector Wall of Sound Orchestra』である。今、聴くと、スペクターの片腕の腕利きミュージシャンによるリラックスした演奏集なので楽しめる。持ち前の優れたテクニックを披露したジャズ・ナンバーが多く、とてもオシャレ。まとめて聴くと印象が違うものだなと改めて思った次第だ。なお、ボブ.B.ソックス&ザ・ブルージーンズのアルバムにも入っていた「Dr.Kaplan's Office」は大瀧詠一のお気に入りで、ナイアガラのテーマ・ソングでもある。ご存じの方も多いだろう。
ただ、こうやってまとめてリリースされたのに、昔、LPでリリースされていたスペクターの素晴らしいフィレス後期の未発表曲集+アルバム未収録のシングル集『Rare Masters』と『Rare Masters Vol.2』は本ボックスに入らなかった。そしてロネッツはこのボックスのアルバム以降のシングルなどが未収録なので、次のリリースを期待したい。(佐野)



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